私たちNPO法人豊島子どもWAKUWAKUネットワークが、入学・進学される子どもを持つ生活が苦しいご家庭を対象に、経済的な不利益を感じることなく学ぶことを促進すると共に、その後の民間・公的を含めた継続的な支援へつなげるために返済不要・成績不問の「WAKUWAKU入学応援給付金」をお渡しするプロジェクト。
2019年末より、それを実施するための寄付キャンペーンを開始し、おかげさまで約60世帯に給付金をお渡しできる200万を集めることに成功。2020年2月より、順次対象者の応募を始め、5月中にお渡しの対応を終了する予定だ。
今後、皆様から応援頂いた「WAKUWAKU入学応援給付金」を適正に運用し、困っている方へ届け、さらには将来的に継続していくために今後私たちに足りない視座はないだろうか?
このタイミングで改めて、子どもの貧困へ取り組んでいる研究者である阿部彩さんに、率直にお知恵をお借りするべく当代表栗林がお話をうかがった。
私たちのこの支援プロジェクトは専門家から見てどう映っているだろうか?またこれら成果を発信するために足りないものはなんだろうか?

●阿部彩さんプロフィール
東京都立大学 人文社会学部 人間社会学科 社会福祉学教室 教授。子ども・若者貧困研究センター センター長。
国際連合、海外経済協力基金を経て、1999年より国立社会保障・人口問題研究所に勤務。2015年4月より現職。専門は、貧困、社会的排除、社会保障、生活保護。著書に、『子どもの貧困ー日本の不公平を考える』(岩波書店、2008年)、『弱者の居場所がない社会』(講談社、2011年)、『子どもの貧困Ⅱ-解決策を考える』(岩波書店、2014年)など。

困っている方へ「お金を渡す」ということ

ーー今回のWAKUWAKU入学応援給付金」は、進学を控えた経済的にお困りの家庭へ、民間団体である私たちが直接現金を給付する仕組みです。正直、こういった「お金を渡す」ことに対して「仕事を斡旋するべきでは」あるいは「公がやるべきでは」といった批判もあります。この辺り、阿部先生から見てどう映っておられますか?

阿部さん:私は「貧困」が原因となるさまざまな問題や背景の中で、今まさに「お金がない」状況を何とかすることを軽視できないと考えます。
「今お金がない」ことからすごく心が寂しくなるし、人間関係がギスギスしたり、引け目を感じたりもする。
そうやってお金のないお母さんが子どもの入学時に多くのお金が必要になり、プレッシャーを感じます。そんな悩んでいる状況の中では、子どもとゆっくり向き合うことは難しい。そう考えると「お金が全て」ではないものの、お金が「今」あって助かる事はとてもたくさんあります。

もちろん本来ならば、そこは政府がやるべきだと思うのです。貧富の差を全てなくすことはできないわけですけれど、お金がないことが子育てに悪い影響をあたえてしまう状況が明白であれば、ある程度の現金給付はやるべきです。ただ、日本では現金給付に対する変なアレルギーがあって、国民も政府も貧困対策としての現金給付を嫌います。
その一方で、たとえば広く一般に向けての「キャッシュレス還元」などは受け入れられています。あれだけって実質的な現金給付なわけで、貧困対策だけ「貧困の人にお金を出すと悪い使い方をされる」という理屈がつけられ、貧困の人たちだけに性悪論が適用されるのは偽善だなと思います。

栗林:「WAKUWAKU応援給付金」がスタートしたきっかけになった「制服代が払えない」と相談された相手は、無料学習支援で高校受験サポートをした子どものお母さんでした。
3月に子どもが都立高校へ合格した直後、お母さんは破産していたのでカードも使えないし、借りる人もいない。そこで区役所の子育て支援課窓口へ相談にいったそうなんですね。しかし窓口では、支援を検討するのは親からの口頭説明や合格通知などでは不十分で、実際に子ども本人を連れてくるようにいわれたそうです。
お母さんは、合格して大喜びしている子どもを「制服代を借りるために一緒に役所へ頭を下げてくれ」とはいえない。そのためにやむにやまれず私に相談してきてくれたんです。
私も親なので、その「連れていけない」「子どもに惨めな思いをさせたくない」という気持ちは痛いほど理解できました。

阿部さん:どうして子どもを連れていかないといけないんですかね?入学証明書などでダメな理由というのは全くないですよね。

栗林:おそらく役所の業務で決まっている流れとして、子どもが本当に進学するのか、直接確認が必要なのだと思います。もちろん手続きとして必要なのは理解できるとしても、もう少しお母さんの気持ちを察して、何より子どもが惨めな思いをしなくてすむような仕組みを検討してほしいと強く感じました。

それでも足りない「直接給付」の現状

阿部さん:栗林さんの「WAKUWAKU応援給付金」は、すごく良い取り組みだと思います。今栗林さんがおっしゃった親子のように、性悪論で解釈され、まるでお母さんが子どもが進学すると嘘をついてお金を使い込んでしまうというような無駄な疑いを向けられるような仕組みは、本当になくしていきたいですよね。
WAKUWAKU応援給付金のような、人を信頼する仕組みが増えていってほしい。

その中で、私がこれらの取り組みから一番望むのは、こういうニーズがあるのだということを発信し社会全体が「性悪論で運用される子ども支援なんて理不尽だよね」と思ってくれるようになることです。そうすれば政府の取り組みも、もう少し改善されると思います。

栗林:行政のポジティブな動きとして、義務教育の小・中学校入学時に関しては、就学援助支給時期が6月から3月に前倒しになりました。当事者のほか多くの関係者が「3月に必要なものを6月に貰うのはおかしい」と伝えることでそう変わったように、高校の制服代のようなどうしても必要なお金は、必要な時期に届ける制度が出来てほしいです。

阿部さん:今回の「WAKUWAKU応援給付金」対象者には、生活保護世帯の方もいるのですか?

栗林:はい、います。またその場合、区の子ども若者支援員へ自立更生計画書を提出してもらうよう段取りを組んでいます。
私たちの支援活動の中で、生活保護世帯の方と関わることはやはり多く、それと共にケースワーカーさんとやりとりすることもかなりあります。
現状、区内の学校によっては、新一年生の学年全体だけでで10人程度の生活保護家庭の子どもがいるそうで、それらに訪問や相談業務をおこなっているなんて、相当ハードな仕事だろうなと常々思っています
ですから、わたし達も機会があれば積極的にケースワーカーに情報を共有するなどして、関係を良くしたいと取り組んでいます。実際、ケースワーカーさんご本人からも「WAKUWAKUさんが様子を知らせてくれたりするなどしてくれてありがたい」と言われたりもしています。

阿部さん:では、入学する子どもは、財源の限りはあるにせよ代替カバー可能なんですね。

栗林:そうですね。小学一年生・中学一年生・高校一年生で困難な家庭はつながることはできるかと思います。
ただ、対象となる家庭と繋がったとしても、明らかに困っているにも関わらず、親が書きさえすれば4万円貰える給付金の申し込み書すら「書かない」「面倒で書いてもらえない」方もいらっしゃいます。そういった方へちゃんと行政と私たちが伴走支援し、また必要であれば法律家などの専門家とも連携しながら「みんなで子どもを育てていく」という体制作りが一番重要なのではないかと考えています。

行政とのやりとりといえば、前回の「応援給付金」から中学一年生も対象に含んだので小学校六年生に給付金のチラシを配布したいと相談したら「中学一年進学時、公的な就学援助が小学六年生の時点で前倒しで受けられますよ」といわれて。

阿部さん:「就学援助があるから、それでカバー出来ているはず」という言い分なんでしょうか。就学援助も貰って、かつ応援給付金も貰うわけでしょう?

栗林:そうです。行政へは「就学援助でカバーできない部分、たとえば入学式用に新しい靴を買うなどする部分に使ってほしい想定です」と伝えたのですが……。行政とのこの部分での連携は、今後の課題です。いずれにせよ、中学一年生という早いタイミングで給付金を通じて、子ども食堂や学習支援・パントリーなどにつなげることは明らかに意味があることだと考えているので、実施しながら連携を模索していきたいです。

給付金の支え手を社会へ拡げていくために

ーー今回はたくさんの方の応援で原資となる200万円を集めることが出来、給付金を無事実施できることが可能となりましたが、今後も同じようにさまざまな市民を巻き込みながら実施していけたらと考えています。それにはちゃんと成果を発信していくのが筋道だと考えていますが、正直私たちは現場で手一杯になりがちです。たとえば阿部先生のような研究者にコミットしていただき、データ収集の時点からアドバイスをいただけたらとも考えるのですが、研究者から見てそのようなことは可能でしょうか?

阿部さん:今回の給付金のような支援プロジェクトは、なかなか効果を図ることは難しいと思います。一度きりの支援ですし、研究者が入って明確なデータがとれるような効果が目に見えるわけではないと考えます。
ただ、今後につながるよう発信していくなら「給付金に繋がった子どもが学習支援や子ども食堂にどれだけ来てくれたか」といったデータなら容易に出せますし、またそうでなくても今回で繋がった子どもが数年後どのように状況が変わったか、その子ども自身や親の口から話してもらいインタビューしたりするなどできれば「その時お金を貰って助かった良かったね」以上の成果を外へ見せていけるんじゃないかと思います。

栗林:そうですね。そういった声を届けていくのは大事だし、「今困っている人」に向けても重要だと思います。もっと全国各地にいるはずなんですよね。親も周囲に「困っている」ことを吐露したり相談したりすることが出来づらい。そんな家庭の中で子どもも不安になる。「うち大丈夫なの?貯金ないよね?」と子どもに聞かれて何も答えることができないという切ない話も聞きます。親も切ないし、子どもも切ない。

阿部さん:本当ですね。世間が低所得者とか貧困とか呼ばれるラベルを貼られる人たちを見る目って、普通の感情を持つ普通の父や母と見てくれないんですよね。「子どもをケアしないぐうたらなシングルマザーやシングルファザー」といった、勝手なイメージを自分の中で作ってしまっている。いや、そうじゃないんだ、親も子どもも切ないんだ、ということを本当にもっとわかってほしいなと思うんですよね。

私自身はやっぱり政府を動かしたい人間なので、栗林さんのような民間の方々が皆で頑張ってお金を出し合って給付金をやるということで、貧困が解決すると思っているわけじゃないんです。
けれども、それは政府を動かすきっかけになると思いますし、その重たい腰を上げるプレッシャーに繋がっていくのだと考えています。
この何年間かを考えれば、確実に世間の声は高まってきて、最初は高校無償化が始まって、2020年4月から大学の給付型奨学金も入ってくる。授業料の免除も、非課税世帯だけではありますけれど可能になってきています。
ただ、制度を作り運用する側は、その制度からこぼれる方を想定しきれていない部分があるんですよね。たとえば就学援助支給時期が6月から3月に前倒しになった件も、制度を作っている側からすれば「6月に給付される制度があるんだったらいいんじゃないか」と思っているわけです。

政府が、あえて、いじわるで「貧困の子どもは学校に行くな」といっているわけじゃない。「どこの家庭も多少の貯蓄はあるはず。3月の制服代はそこから出してもらって、6月に補填できればいい」と、まさか4月に着ていく制服が用意できない家庭があることが、想像すら出来てないんじゃないかと思うんです。
栗林さんたちが発信することで「そんなことは普通にあるんだ」と、もっと認識されることができれば、きっと社会の制度自体がもっと使いやすいように変わってくるんじゃないかと、その波及効果を私は期待しています。

栗林:今、多くの自治体で、困窮家庭やひとり親家庭の中学生を対象に、高校進学するための学習支援制度がありますよね。高額な塾代が払えない家庭や、その子の学力にあったペースで勉強できる学習支援で高校に進学することを支援しているわけで、にも関わらずその家庭に絶対に必要となるまとまった制服代は支援しないということは施策として一貫していないと思います。
多分それは、学習支援は子育て支援課が担当で、奨学金は生活福祉課が担当だから、連携がうまくいっていないのだと考えます。
もちろん私たちは、それに文句をいう前に出来る支援をやっていきますが、その結果を阿部先生のような専門家に集約してもらって、制度を変えていってほしいです。

阿部さん:それこそ本当に一貫していないことに気付いてないというか、必要であることに気付いていないんですよね。少なくとも子どもを持っている家庭であれば、程度の差はあれ大変さは共感できるはずだと思うんですけれど。

栗林:貯蓄があると思っているのでしょうかね。

阿部さん:まず貯蓄がゼロの家庭がこれだけ増えていて、借金をしている家庭も多い。考えたら当たり前の話なのに何故それに対する支援ができないのかと強く思います。

栗林:今年度実施する給付金はおかげさまで集まりましたが、さまざまな方にご寄付いただいた中でも、自分が余暇に使うお金を削って「子ども達のために」と出してくださったというメッセージも頂いています。「制度が変わる」ための一歩として、まず地域の子どもたちに1000円を惜しまないような地域になったらいいなと思います。

そういう意識にならないと、やはり「税金として子ども達へより積極的な現金給付をやる」というところへの理解は進まないのかなと思います。地域の中で、たとえば1000円でいいから「皆で豊島区の子ども誰一人取り残さないために支えていこうよ」というマインドを発掘していくことも、今後の私たちの活動意義になるのかなと考えています。

阿部さん:それが各地域で行われるようになるといいですよね。いきなり日本全国を変えるとなると規模が大きすぎますが、まずは「自分の地域の子どもを」というところから社会を変えていくことは、とても可能性がある動きだと思います。

ーー阿部先生、ありがとうございました!